この記事では、国内の金融機関が年功序列の人事制度・運用から実力・成果主義に変貌を遂げる重要性やその方策について述べている。

結論から言ってしまうと、日本の銀行・保険を始めとした金融機関は、早急に実力・成果主義に移行すべきだ。さもなければ、時流の変化に伴って人材のクオリティ維持がよりいっそう困難になる危険性が高い。

人事制度・運用は、経営戦略上で極めて重要なファクターであり、企業の礎である人材のパフォーマンスを最大化、企業価値向上に資する、経営レベルでの最重要論点のひとつ。

そうした前提の中で、本邦金融機関で良く聞く悩みが、「いかにして旧態依然の年功序列から脱却して、実力・成果主義の人事制度・運用に舵を切り、人材ひいては企業の力を高めるか」だ。

以下にて、私が国内トップクラスの金融機関と日々コンサルタントとして接する中で、実際に討議される課題感や打ち手を踏まえた、人事制度の在り方への手掛かりを示している。

年功序列の功罪(メリット・デメリット)

年功序列からの脱却、といっても年功序列を一概に「悪」と定義するのはナンセンス。年功序列の雇用体系は、高度経済成長期の日本においては機能しており、現状においてもメリットは存在する。

ただ、金融機関を取り巻く環境変化や、時流を考慮したときに、年功序列がベストな選択肢かというと疑問が残る。以下ではそのメリットとデメリットについて解説する。

年功序列のメリット:長期的に安定した人材確保が可能

年功序列のメリットは以下の通り。

年功序列のメリット
  • 昇進・昇給が横並びであり社員の士気を維持しやすい
  • 従業員にとっては長期的な人生設計を立てやすい
  • 離職率を抑制できる

言い換えると、「そこそこ能力がある人材を採用、長期的に育成することで会社の総力や社員のモチベーションを安定させられる」ということだ。

年功序列の人事制度・運用は、日本の高度経済成長期には強さを発揮した。経済成長に伴って企業が大きく成長する局面においては、そこそこの人材を多く確保し社員一丸となって向かっていく人事制度・運用は機能した、

また金融機関が成長を継続する中で、高い処遇を許容しハイステータスを保っていた状況では、採用候補者に対しても魅力的に映る。

しかし、国内マーケットの縮小、フィンテックの台頭、イノベーションの重要性向上、ミレニアル世代の志向変化といった時代の潮流の中で、年功序列の人事制度・運用はその強みを発揮できなくなっている。

年功序列のデメリット:真に優秀な人材が集まらない・育たないメカニズム

斯様な時流を受けた年功序列のデメリットは以下の通り。

年功序列のデメリット
  • 採用時に優秀人材にとっての魅力度が低く人材の質が低下
  • チャレンジが少なく社員の成長カーブが低位
  • 社内の優秀人材の離職率が高い

端的に言ってしまうと、年功序列の人事制度は「企業を牽引し道を切り拓く優秀な人材が集まらない、育たない制度」であると言える。

近時の学生でとりわけ優秀な人材は、自身の能力を生かして年齢に関係なく活躍でき、成長できる環境を求めている。外資系の投資銀行やコンサルティングファーム、或いは有望ベンチャー、起業といった道だ。

また入社後も、若手や中堅はチャレンジややりがいがある役割を与え貰うまでに時間がかかり、また求められる能力水準も高くないため、成長速度が遅くなる傾向が強い。

そうした環境では、社内においても優秀な人材は愛想をつかして離職してしまう。年次が原因で低い役割しか任せてもらえず、成長できないと感じるからだ。

結果として、将来を担い企業をリードしていく経営人材が育たず、会社が弱くなってしまう事態が惹起される。変化が激しく、逆境の経営環境に直面する金融機関にとっては屋台骨が揺らぐ一大事だ。

本邦金融機関が実力・成果主義に変わるべき3つの理由

年功序列の功罪、特に時代の変化に伴って発現しているデメリットを解消する意味で、実力・成果主義を標榜し実践する人事制度・運用の重要性が増している。その理由は以下の3点に集約される。

実力・成果主義に変わるべき3つの理由
  • ①実力を存分に発揮できる人事制度・運用で職業としての魅力度が向上
  • ②若手・中堅のうちからチャレンジを与え成長を促進
  • ③将来の経営や事業の中核を担う人材を客観的な視点で選別

高い実力を身に付け、成果を創出した人材を評価し処遇する人事制度・運用とすれば、優秀な人材を惹き付ける要因となる。

また実力・成果が高い優秀な若手・中堅を早期に管理職へ登用することで成長を促し、モチベーションを維持向上に資することができる。

早期に登用・抜擢した人材は将来の経営や事業のコアを担う層として管理することが可能になる。その選別を、特に「成果」という指標等で客観化し易い尺度に落とし込むことで、公平性や客観性を維持できる。

こうしたメカニズムにより、実力・成果主義にシフトすることで、優秀な人材確保・育成の確度を高め、将来の経営を担う人材を輩出できる可能性が高まる。

実力・成果主義に変貌を遂げるための方策:長期目線で目指す姿のモデル「リクルートグループ」

リクルートグループは、日本企業ながら実力・成果主義を実現し、会社全体で高い社員の士気やチャレンジ精神を維持しているモデルケースの一つだ。

最初に断っておきたいが、リクルートの人事制度・運用をそっくりそのまま真似しましょう、と言いたいのでは無い。

事業構造やカルチャー、人材マインドが大きく異なる現状の本邦金融機関がリクルートの模倣をしても成功するはずが無く、あくまで制度設計の指針や制度・運用の参考例として紹介する。

リクルートは社員の会社評価が高い企業の代表例

出典:Openwork

上記のレーダーチャートは、転職希望者向けに他社の情報を提供する「Openwork」のスコア。リクルートの総合スコアは「4.42」だが、全体の平均はせいぜい3-3.5程度であり、リクルート社員による会社評価が極めて高い評価であることが窺える。

人事制度・運用に係わる部分で特にスコアが高く注目に値するのが、「社員の士気」「20代成長環境」「人事評価の適正感」だ。

リクルートの人事制度・運用は年功序列の概念が極めて希薄であり、若手の登用・成長促進、実力・成果主義における評価の納得感を巧妙に醸成している好事例と言える。その大枠の特徴を見ていきたい。

リクルートにおける実力・成果主義の特徴①:ミッショングレード制

リクルートでは、実力/成果に応じて「ミッショングレード」と呼ばれる等級を付与する。高い能力を持ち成果を創出している人材であれば、若手であっても管理職に登用することが可能な制度だ。

ミッショングレードに応じた職務が与えられ、給与や賞与もミッショングレードがベースとなる。レアケースではあるものの、早ければ入社5年目で課長などの管理職レベルに抜擢される事例も存在する。

リクルートにおける実力・成果主義の特徴②:高頻度でのカンパニーに閉じた評価運用

リクルートでは、6カ月ごとにカンパニーの課長レベルが権限を持って担当者レベルの評価を実施している。実力/成果に対して評価を付与し、6か月という短いタームで等級を変更する。

また多くの金融機関が、人事部によって横串を評価することで、年次別に評価の偏差を解消・調整する運用を行っているが、カンパニーへ評価の権限を委譲してしまっている点がリクルートの特徴だ。

事業・カンパニー間の異動、社員規模が大きい金融機関が、完全にカンパニーへ権限移譲するのは人事運用上、現実的ではないが、どの程度のレベルまで権限移譲するか、は公平感・納得感が高い評価を実現する上で大きなポイントだ。

リクルートにおける実力・成果主義の特徴③:処遇のメリハリ

リクルートは、ハイパフォーマーを優遇し早期に登用できる人事制度・運用を整備する一方で、ローパフォーマーに対しては厳しい処遇を課している。低評価者に対しては先述したミッショングレード上で降格があり得るのだ。

そうした中で、リクルートの離職率は高く、業界では2~3割が毎年会社を「卒業」していくと言われている。ただリクルートは「真に優秀な人材のみを残し、経営層に登用する。それ以外は辞めても構わない」という思想で人事制度を運用している。

こうした点を加味しても、 年功序列が染みついている本邦金融機関にリクルートの人事制度・運用の手法をそのまま適用はできない。しかしグレード付与の考え方や処遇のメリハリは示唆に富んでおり、是非参考にしてもらいたい。

年功序列から実力・成果主義へ移行するときのポイント・留意点:「トレードオフ」の存在

ここまで実力・成果主義へ移行する重要性や方策について述べてきた。しかしながら各金融機関によって固有の歴史や思想が存在するため、一概に「これが良い」と言い切れる制度は存在しない。

また最終的な人事制度・運用としては実力・成果主義を目指すべきではあるが、その一方で「喪失されてしまう長所」も存在する。つまり年功序列と実力・成果主義には移行においてトレードオフが発生するということだ。

それはこの記事の冒頭で述べた年功序列の「功」、つまりメリットが失われる、という説明と同義であるが、以下が代表的なトレードオフとして挙げられる。

  • 実力・成果創出が低位に留まる人材のデモチベーション
  • 一部の優秀な人材登用することによる不公平感の増大
  • 全体の離職率の向上

良くも悪くも年功序列の長所である「将来的な一定の地位と高い報酬」が約束されなくなるケースでは、特にミドル・ローパフォーマーはモチベーションの下落に繋がる可能性が高い。

加えて、同世代で横比較した時に自分の昇進が遅れてしまうケースが多発する場合には、社員の間で人事制度・運用への不公平感が否応なく高まってしまうだろう。

これらの結果として、離職を検討する社員が増加し、離職率が高まる蓋然性が高い。

こうしたトレードオフは実力・成果主義の「歪」として発生しうるが、ESOPや従業員エンゲージメントの向上など、人事制度・運用以外の打ち手でミニマイズする手法が考えられる。

いずれにせよ、人事制度・運用の改定は「何かを達成しようとすると何かを失う」というトレードオフが常に付き纏う。企業として大事にしたいこと・思想を元に経営レベルの高度な判断が必要だ。

まとめ:年功序列から実力・成果主義への意向は多大な労力がかかる。トレードオフを考慮しながら実現する

厳しい経営環境に直面する本邦金融機関が、年功序列から実力・成果主義にシフトする重要性を述べてきた。変化が激しい時代に於いて、高い実力を備えた人材を育成し、活路を切り拓く経営候補を輩出するための「仕組み」構築は国内の金融機関の急務と言える。

しかしその一方で、旧態依然とした年功序列からスムーズに脱却するためには多大な労力を要することは想像に難くないし、エリートが集まる各金融機関の人事関係者の悩みの種でもある。

長期的な視点、それこそ「10年の計」で人材ポートフォリオの入れ替わりも加味しつつ、緩やかに成果・実力主義へ移り変わっていく思想こそが、本邦金融機関にあった実力・成果主義の実現手法だろう。

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