この記事では、三菱UFJフィナンシャルグループによるダナモン銀行の減損処理について、概要や経緯をまとめた上で減損が起こってしまった真因について考察し、示唆を抽出している。

三菱UFJフィナンシャルグループによるダナモン銀行の買収案件は、新興国における日本企業のM&A戦略への示唆に富んだ事例である。減損処理に至ってしまったという事実は回避すべき失敗として学びがある一方、買収劇は、評価されるべきポイントも多いのだ。

2000億円もの巨額の減損処理は軽々に見過ごすことはできない。M&Aに不慣れな日本企業らしい詰めの甘さが浮き彫りになってしまった格好であり、新興国でのM&A検討時におけるデューデリジェンスやバリュエーションにおいて、株価指数からの除外リスクや流動性リスクは深慮すべき項目だと再認識する必要がある。

その一方で、新興国として将来の成長が期待できるインドネシアにて積極的にリスクテイクし、国内事業が縮小していく中で海外事業の拡大を実現していく戦略は逆風下でメガバンクが生き残る確かな道筋の一つ。その戦略を、法規制の枠組みを超えて実現した三菱UFJフィナンシャルグループを個人的には称えたい。

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以下で、 元銀行員としての知見や、外資系戦略コンサルティングファームにて銀行の戦略立案支援に従事し、銀行の経営・事業に係わる中で養った独自の観点も踏まえつつ、詳細に解説していく。

三菱UFJ銀行によるダナモン銀行の減損処理まとめ

まとめ
  • 三菱UFJフィナンシャルグループは2019年4~12月期の連結決算で、保有するダナモン銀行の株式を減損処理し特別損失2074億円を計上
  • 2019年4月末に出資を完了した後、米MSCIの株価指数構成銘柄から外れたため、投資家の買いが減少するとの懸念から株価が下落したため減損処理
  • 出資総額およそ6800億円のうち、会計ルールに則り20年で償却するのれん資産を一括で償却。但し、2020年3月までに株価が回復すれば特損の計上は取り消しされる

三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)は2019年4~12月期の連結決算で2074億円の特別損失を計上すると発表した。4月末に買収したインドネシア中堅銀行バンクダナモンの株価が下落し、減損処理が必要になった。MUFGは会計ルールに沿って、買収金額と対象企業の純資産の差額である「のれん」を前倒しで一括償却する。

MUFGによる取得原価の50%以下となったためダナモン株の減損処理が必要となった。財務処理の規定に基づいて、本来20年以内で均等に償却するのれんを19年4~12月期決算で一括償却することとなり、特別損失が発生する。

減損処理の判定は四半期末ごとに実施するが、通期での特損の有無は20年3月末の株価によって最終確定する。株価が減損処理の水準を上回った場合は一連の財務処理は取り消され、特別損失の計上もなくなる。MUFGの20年3月期の連結純利益は9000億円を見込んでいるが、現段階で利益予想は変更しない。

MUFGは4月29日にバンクダナモンへの追加出資を完了し、発行済み株式数の94%を取得した。17年12月から段階的に出資比率を引き上げており、投じた資金の総額は約6800億円に上る。出資完了後に米MSCIの株価指数構成銘柄から外れたことなどを受けて、バンクダナモンの株価は急落。4月30日に8850ルピアだったが、12月30日の終値は3950ルピアとなった。

日本経済新聞

三菱UFJがダナモン銀行の減損処理に至るまでの経緯

2017年12月、三菱UFJフィナンシャルグループは、海外事業の拡大戦略の一環として、インドネシア地場銀行で資産総額ベース第6位の中堅・ダナモン銀行の株式を シンガポールの投資会社テマセク・ホールディングスから19.9%取得。

2018年8月には追加で20.1%の株式を取得し、インドネシアの銀行法上の上限である40%まで出資比率を引き上げ。

三菱UFJ銀行は(2018年7月)31日、民間大手バンクダナモンの株式20・1%を取得し、出資比率を40%まで伸ばすことの許認可を関係当局から取得したと発表した。早期に取得することを目指しており、三菱UFJはダナモンの筆頭株主になる。

株式はダナモンやシンガポールの政府系投資会社テマセク・ホールディングス系の投資ファンドなどから買い取る。追加取得にかかる金額などは非公開。

じゃかるた新聞

インドネシア金融庁との対話を継続し既に出資していたインドネシア銀行BNPとの合併スキームを掲げることで、通常は認められない過半数の株式取得について金融庁からの認可を獲得。2019年5月にダナモン銀行を存続銀行として2行を合併し株式を94%まで取得した。

三菱UFJフィナンシャル・グループは29日、傘下の三菱東京UFJ銀行を通じインドネシア商業銀行大手ダナモン銀行の54%を約50兆ルピア(約3970億円)で追加取得したと発表した。同銀行への戦略出資の第三段階で、東南アジア地域での商業銀行業務強化の一環。

これにより発行済み株式の94%を保有。また、傘下のアコムが67.6%保有するバンク・ヌサンタラ・パラヒャンガンの発行済み株式92.1%も約3兆ルピア(約241億円)で追加取得し、同99.9%を保有した。両行を連結子会社とする。5月1日付けで両行を吸収合併させる予定。ダナモン銀が存続会社となり、三菱UFJ銀行は94%を保有する見込み。

msn.com

ここまでは三菱UFJフィナンシャルグループの思惑通り。外資系資本による出資に慎重でガードが堅い新興国の金融庁へ、巧みなロビーイングで地場中堅銀行の連結子会社化を実現したその手腕は、さすがは邦銀No,1と称えて良いだろう。 タイのアユタヤ銀行買収時の再来だ。

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ただ今般のダナモン銀行の減損処理は想定外の事態だろう

三菱UFJによるダナモン銀行の減損処理が発生した真因

三菱UFJフィナンシャルグループがダナモン銀行の減損処理で2074億円もの特別損失を喫してしまった要因は何か。ダナモン銀行の業績自体は堅調で、ビジネスパフォーマンスを見た時に株価が下落する要因は見受けられない。

18年12月期の純利益は前の期に比べ6.5%増の3兆9200億ルピア(約300億円)で業績は堅調だ。

日本経済新聞

それでは、なぜダナモン銀行の株価が56%も急落してしまったのか?その真因は、大きく3つ挙げられる。

要因①:米MSCIの株価指数構成銘柄から除外されたことで投資家の買いが低減

先述の通り、MSCI(モルガン・スタンレー・キャピタル・インターナショナル)の株価指数構成銘柄から外されてしまったことが直接的、かつ最も大きな要因だ。MSCIは世界中の機関投資家や投資信託のベンチマークとして活用しており、注目度が高い株価指数の一つ。日本でも、MSCIをベンチマークとした投資信託は多数存在する。

MSCIから除外されることで、投資信託等の構成銘柄としてダナモン銀行株が購入される機会がなくなるということだ。実需減少、および実需減少への懸念から、MSCIから除外されることがアナウンスされた直後にダナモン銀行の株価は急落した。

ダナモン銀行がMSCIから除外されてしまったのは、三菱UFJフィナンシャルグループがマジョリティを獲得し、株価指数構成銘柄の条件を満たさなくなってしまったため。 MSCI EMERGING MARKETS ETFという新興国の企業を対象にした株価指数に組み入れられていたが、三菱UFJフィナンシャルグループが親会社となることで新興国企業と見做されなくなった。

要因②:ダナモン銀行の流動性の低さ

ダナモン銀行はインドネシアの上場企業ではあるものの株式の流動性が非常に低い。即ち「買いたい時に買えない、売りたい時に売れない」という銘柄だ。具体的に、ロイターによると2019年12月末日のダナモン銀行の出来高は1日で1382千株だった。1株=3930円、現在の為替レート:1ルピア=0.0078円で計算すると、たった4,236万円しか売買されていない。

このように流動性が低い株式銘柄は、機関投資家にとっても個人投資家にとっても妙味が薄く購入の食指が動かない。流動性が低位にあれば当然株価が値上がりしづらい上に、仮に計画通りに利益が出ても売り抜けないリスクが存在するからだ。

要因③:三菱UFJ関係者によるデューデリジェンス及びバリュエーションの検証不足

減損処理の最後の要因にして、三菱UFJフィナンシャルグループおよびその関係者の最大の失敗は、ダナモン銀行の買収検討時のデューデリジェンス・バリュエーションにおいて、上記2つの要因を織り込めなかった点だ。

三菱UFJフィナンシャルグループによる連結子会社化によってMSCIからダナモン銀行が除外されるリスクは、デューデリジェンス時に検討されるべき項目だ。買収価格を決定する際に、そのリスクを織り込むことが適当ではないか。

リスク項目として挙がっていたものの、買収価格面におけるテマセクとの交渉で折り合わなかった可能性もある。経営の意思決定として、アジアでの長期的な成長実現のためリスクは飲み込むという経営判断だったのかも知れない。しかし結果だけ見れば、リスクは顕在化しダナモン銀行の株価はアナウンス直前の8830ルピアから、9カ月で3930ルピアまで下落してしまった。

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この3つ目の要因は、今後日本企業が新興国で買収を検討するにあたって示唆に富んだ「回避すべき失敗」の事例となるだろう。三菱UFJフィナンシャルグループのみならず、パートナーとして本ディールを共に進めたであろう投資銀行や会計ファームにも責任がある

ダナモン銀行の減損処理の影響

株価が減損処理の水準を上回ったケースでは、一連の財務処理は取り消されると公表されているが、その可能性は一縷の望みに等しい。金額は株価の変動によって若干上下動する可能性があるが2000億円レベルの特別損失は計上されると見た方が無難だ。

出典:Google

ダナモン銀行の株価は、MSCIの株価指数構成銘柄を外れた後に下落を続けている。流動性に乏しい上、業績の大きな上振れや買収といったビッグニュースによる株価の上昇は期待し難い。

2000億円は、今期の三菱UFJフィナンシャルグループの通期における当期純利益予想9000億円の約2割を占め、その影響は小さくない。株価への悪影響は必至だろう。一方で、配当や自社株買いの方針には変更はない予定。

株主還元の基準となる銀行規制上の自己資本への影響がないため、配当や自社株買いの方針は変わらない。

日本経済新聞

まとめ:新興国でのM&Aに挑む日本企業にとって示唆に富んだ事例

現時点における結果論として減損処理に至ってしまったものの、三菱UFJフィナンシャルグループによるダナモン銀行の買収劇は、評価されるべきポイントも多い事例である。

新興国として将来の成長が期待できるインドネシアにて積極的にリスクテイクし、国内事業が縮小していく中で海外事業の拡大を実現していく戦略は逆風下でメガバンクが生き残る確かな道筋の一つ。その戦略を、法規制の枠組みを超えて実現した三菱UFJフィナンシャルグループを、個人的には称えたい。

然しながら2000億円もの巨額の減損処理は軽々に見過ごせる事象ではない。M&Aに不慣れな日本企業らしい詰めの甘さが浮き彫りになってしまった格好であり、特に再現性が高いと考えられる新興国でのM&A戦略への示唆に富んだ事例ではないだろうか。

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